SALT,SUN & TIME

ローザンヌ備忘録

病院 後編

ひょっこり現われた瀟洒な建物ひとつ。
車2台分ほどのスペースがとれそうな玄関前。三輪車がちょこんと乗り捨てられ、妙な侘しさを醸し出している。
 ○○医院 
入り口の間口二間ほどの引き戸の摺ガラスに、黒い文字で大きくそう書かれてあった。
病院かぁ、となにげなく玄関から中をうかがってみたけれど、ただ森閑としていて人の気配もないようだった。
こんなところにも病院か、とたいして気にも留めずにそこを左に折れ、病院の塀に沿って先を急いだ。
少し行ったところで、つむじのあたりに何か視線のようなふわっとしたものを感じた。
ゆっくりと振り返ってみると、病院の全体を見上げるようなかたちになった。
こうやってみてみると意外に大きくて、横に二つ×縦に二つの計四つの窓が開け放たれていた。そしてそこには、こちらを見ている人の姿があった。
よーく見てみると、一つの窓から一人、または、二人、白髪か、髪の無くなった老人ばかりがこちらを身動き一つせずジーッと見ているのだ。
ぞくぞくーっとなって、なにしろ早くそこを立ち去りたい気持ちで一杯になった。
あとは、もうわけも分からず、急ぎ足でどこをどう通ったのか、知らぬ間に人通りも増えた表通りに出ていた。
それから、相も変らずのだらだらの予備校通い、通わなかったりの日々にそのことは忘れてしまっていった。
ある日、501のジーンズをどうしても欲しくなり、昼飯を我慢しつつ貯めたお金をポケットに原宿へと出かけた。例の古着屋だ。
いい感じにクタったリーバイ501を見つけることが出来、ぼくはほくほく顔で店を出た。
気持ちがいいんで違う道を歩きたくなった。なんだか、どこかで経験した事のあるシチュエーションが目の前に現われ始めてくる。デ・ジャヴュ ♪ワンモーニン ア ウェイクアップ アナ ニューーー (デ・ジャヴュの一曲目のキャリー・オン。デ・ジャヴュというといつもこの曲が頭をよぎる) である。
そして見覚えのある玄関先。脇に乗り捨てられた三輪車一台。
何者かに突き動かされるように、塀沿いに進んで病院を恐る恐る見上げる。
開け放たれていた窓という窓には、人影はもう見えない。ひとっこひとり、誰もいない。
もう一度、目を凝らしてよーく見てみる。
するとかすかな人影が、それも病院の建物が後ろに透けて見える人々の姿が現われ始めた。
彼らは、あの時みた老人達のようで、空に吸い込まれるように少しずつ少しずつ上昇をし始めたのだ。
ある人はひとりで、ある人は手をつないでゆっくりとゆっくりと昇っていく。
目をこすり、頭を軽く振って、もう一度良く見ると、よりはっきり透き通った彼らを認識することできた。
ぼくの頭の奥のほうでは、その昔「底ぬけ脱線ゲーム」の司会の金原二郎さんが肩からぶら下げ、事あるごとに「パフパフ」と鳴らしていたあのパフーの音が高らかに、語尾がヨレタ感じに鳴りひびいたのだった。
昇天だけに。                              おしまい