SALT,SUN & TIME

ローザンヌ備忘録

「ペンタングル」そして「ブラック・ホーク」

ぼくらの溜り場は、池袋の「都」か「300B」だった。
両方ともぼくら好みのロックをかけてくれるお店だったんだ。

そういえば、あの沢渡朔さんのジャケ写も秀逸な雪村いづみさんの「スーパー・ジェネレーション」を初めて見たのが「300B」だった。ちょうど階段を上りきった左手の壁にそのジャケが飾ってあったんだ。「いいなあ」としばし見とれたのを覚えている。自分で買うのはずいぶん後になってしまうんだけど。
そんな「300B」でAとイーグルスの♪デ〜スペラードォ〜を聴いてると、うるさそうに髪をかきあげながらMがやってきた。右手にくしゃくしゃとヨレタレコード袋をぶら下げていた。袋には新宿レコードと書かれていた。
「これだよ」
といいながらMは、袋からおもむろにLPを引っ張り出したんだ。
オペラ座のような客席の頭上にライトに照らし出された舞台が、舞台の上にはウッド・ベースのネックがにょっきりと目立ち、椅子に座った女性を真ん中にギターが手前と向こうに、ほとんど見えない状態でドラムといった5人組のバンドが映っていた。そしてその上のセンターに、

THE PENTANGLE
Basket of Light
と白抜きで文字が描かれていた。
「これがペンタングルのバスケット・オブ・ライト。いいんだよなぁ、これ」
広川太一郎の真似をしながらMは、うれしそうにそうのたまうのだった。
その頃ぼくは、まだペンタングルのぺの字も知らなかった。でも知らないものはなんでも吸収したい好奇心の塊りでもあったのだ。
「どんなやつ、それ?」
そんな質問にMのやつは気を良くして話し始めた。
出会いから、解説を書いていた三橋一夫さんの家まで出かけていった話を懇切丁寧に説明してくれたのだった。
そして、ペンタングルやブリティッシュ・トラッド、なんだか聴いたことも見たこともない、わけのわかんないロックを聴かせてくれるお店が渋谷にあるんだっていう話もしてくれた。
なんでもMの2つほど上の音楽仲間G君に連れて行かれたそこは、テレビやラジオでしょっちゅうかかる既成のロックはいっさいかけない、聴いたことも見たこともないMに言わせれば心地よ〜いロックを聴かせてくれるお店で、何しろほんとに渋いお店だったらしい。
ぼくもその聴いたことも見たこともない心地よ〜いロックを聴かせてくれるお店、っていうところが気になって気になって仕方がなかった。
ちょうど読み始めていたニュー・ミュージック・マガジンの影響もあってか、ぼくのロック意識が、既成のぎんぎら大音量のフラストレーションをぶちまけるようなロックから、泥臭い内面の気持ちが自然と滲み出てくるようなロックへと変化し始めていた頃だったせいもあって、興味は募るばかりだった。
 当時渋谷はぼくにとってどちらかというとハイカラな大人の街というイメージが強くて、居心地の悪そうな街に映っていた。でも、Mのあの話に憑かれてしまったぼくは、おふくろに小遣いをもらうと、その週の土曜日、学校帰りに行って見ることにしたのだった。貯めたお金でLPレコードも買いたかったのでちょうどいい機会でもあった。
池袋まではしょっちゅう来てるんでなんてことはないんだけど、新宿を過ぎたあたりからなんだかやっぱり居心地が悪くなり始めた。
なんか恥ずかしいような、ちょっと怖いような。周りの人たちが急に洒落てる、キマッテルという人たちでいっぱいになってきた感じがしてくる。
色の感じもさっきまで、新宿あたりまでは茶系だったのが、ピンクやグリーンに加えて落ち着いたアーバンカラー?に変化してきているように思われた。
なんだかのぼせ上がったような気分で渋谷に着くと、Mに教わったとおりに道玄坂と言う坂を上って、「でかっこ稲荷」と書かれた看板のおにぎりやを右に入り、頭上に「百軒店商店街」と書かれたアーケードをくぐった。
右手にデーンと出ていた「道頓堀劇場」という看板が目を引いた。近づいてよく見るとあでやかなお姉さん達の写真が!それも肌も露なお姉さん達の写真が!くらーっときた。でもって、まずい、まずいよなあって気持ちも起こって、何食わぬ顔で反対側に視線をそらした。
反対側はシカゴっていう古着屋さんだった。奥の方からアフロでヒゲ面のお兄ちゃんが、にやにやしながらこっち見てたんだ。あわててあらぬ方向を向いて先へと急いだことは言うまでもない。
麺のかんすいとカレーの香りが怪しく混ざり合いながら鼻先をくすぐる。両方とも大好きなぼくなもんで、おのずとどこからくるのか目を凝らすことになる。
木造2回建ての薄汚いラーメン屋「喜楽」が左手に、ちょっといった右手にれんが作りの「ムルギー」というカレー屋が見えた。二つともMが目印に教えてくれたお店だった。どちらもいい感じにしょぼくて今度来たときは、どっちかで飯食いたいな、なんて思ったんだ。
この2軒を過ぎればもうすぐだって、Mがいってたのを思い出し、その先へと歩を進める。
「右手だよな、右手右手」
そんなことを頭の中で繰り返しながらさらに進んでいくと「JAZZ 音楽館」という看板が現われ、続いて「Black Howk」と彫られた古ぼけた木の看板が現われた。
「ここだ、ここだ!」
はやる気持ちと高鳴る胸に、つばをごくりと飲み込み、やっぱり古ぼけた扉の取っ手に手をかけた。すると目の前に
「店内では、お静かにお願いいたします。音楽を聞きに来ている他のお客さん迷惑になります」
の貼紙がどーんという感じに飛び込んできたんだ。
その文句の威圧感が緊張感を増幅させて、「やっぱ、やっぱ、帰ろうかな、、、」なんて気持ちが頭をもたげる。
「い、いや、せっかく来たんだ、、、、いって見よう!」
と思い切って扉を開ける。
すると煙草のにおいがもわっと立ち上り、あっという間にぼくは、その臭いと深〜く沈んだ音に包みこまれてしまったんだ。
中を見渡しながら呆然と立ち尽くすぼく、になってしまったのだ。完全にのまれてしまっていた。

*あの、この私小説は、多分にフィクションも入ってますんでよしなに。よしなに小百合。