SALT,SUN & TIME

ローザンヌ備忘録

拝啓、薫くん


大学のゼミでどの作家を取り上げようかということになり、ゼミ生たちで投票を行ったことがあったんだ。圧倒的な支持を受けたのが中上健次大江健三郎開高健五木寛之吉行淳之介太宰治夏目漱石なんかが続いたように覚えてる。
ぼくも中上健次のエッセイ「破壊せよとアイラーはいった」なんかをぞくぞくしながら読んだ覚えがあったんだけど(永山則夫に言及されたエッセイは、今もこの胸に突きつけられているような気がする)その前に読んでいた庄司薫の「赤頭巾ちゃん、気をつけて」がどうも忘れられなくて、もう少し知りたくて、取り上げたい作家として挙げてみたんだ。
そのときの場面をお見せしたいもんだけど、ぼくが庄司薫の名を上げたとたんゼミ室は、嘲笑のうずに包まれたんだ。ってちょっと大袈裟かな、ま、笑われたってことなんだけど。
早い話が、他のゼミ生誰もが研究する作家に価しないと踏んだわけで、僕自身はそうとうにがっかりしたのは言うまでも無い。で、結局誰をやったのかもまるで覚えてない。
見た目や文体で軽くごまかされちゃってるけど、庄司薫という作家はそうとうなやつだとぼくは思ったんだ。あの中流家庭然とした設定、著者紹介のスナップなどで見ることのできる黒のタートルネックのセーターにスラックス、後ろ手に組んで飄々と歩く姿。あれを単純に東大でのおぼっちゃんタイプのやつ、なんていう見方をすると大変な目にあうぜ、なのだ。
薫くん、なんて女性だか男性だかわかんないような名前や「ぼくは〜と思うんだ」なんていうもの言いに「けっ、女々しいやつ」なんて軽くいなそうなんて思うとホント後悔するんだかんね、なのだ。
福田章二名義で書かれた「喪失」(十代の終わりに書かれた画期的な作品だと思う。だって、だれも若さをあれだけ貶めようとした作家はいなかったんだから)で総退却し、十年間の沈黙を破り「赤頭巾ちゃん気をつけて」から続く「白鳥の歌なんか聞こえない」、「さよなら怪傑黒頭巾」、「ぼくの大好きな青髭」で今一度、とてもぼく等にわかりやすく若者における「純粋」「誠実」、そしてそれを持ちえるために「喪失」するものとは?、持ちえるにはどうしたらいいのか、それらを持ち続けるためにはどうしたらいいのか、っていうことを書き続けることによって、ゲリラ戦をしかけ、自分自身が満身創痍になってしまってまたもや総退却、逃げの薫くんになって姿を消してしまった、おお、薫くん。いまだになんとなくという茫洋な感覚でしか薫くんの書いた小説の意味を分かってはいないと思うんだけど、いまだにこれらの薫くんシリーズっていうのは、ぼくらにとって、とても大事な小説だと思うんだ。だから、ぼくはまた今読みたいと思ってる。
そして、できるならば今現在の薫くんがどうなってるのか知りたいし、何を思い、何を考えているのかをとても知りたくて仕方が無い。
拝啓、薫くん、どうしてんだい?できれば今のぼくにあの頃のようにいくらかでも力を与えてくれればうれしいんだけれど、、、。