SALT,SUN & TIME

ローザンヌ備忘録

幕末太陽伝の猫

それにしても昔は連休だ!なんていうと嬉しくてたまんなかったけど、近頃は、ごろごろぉ〜、ごろごろぉ〜(明日になったら嵐になってねぇかな(飯尾の現実逃避シリーズより(笑)、なんていうのも実はできずこんなもんを書いたりして、残り少ない人生を無為に過ごしてるわけです(笑)。
先日何気に仕事場近くの古本屋をのぞいていると、小沢昭一の「老いらくの花」っていうエッセイが目に入ったわけです。小沢昭一のエッセイはそんなに読んでないんですが、その語り口はなかなか好きで、特に昔の子供の頃、東京はどんなだったか、昭和のあの頃はどんなだったか、なんていう話は好きで、あの迷優ぶりとともに気になる人ではあるんで手に取って目次をのぞいてみました。するとそこに、なんと「幕末太陽伝の猫」と出てるじゃありませんか!立ち読みで済んじゃうくらいだったんですけど、なんだか思わず買ってしまいまして、家に帰ってじっくりと読んでみると、びっくらこきました。
皆さんは、覚えてないと思いますが、以前「幕末太陽伝」に関して書いたブログの中で、私は、たわしは、
―川に飛び込んで心中する予定が、一人だけ飛び込まされて、それも膝までしかない川で、ザンバラ髪で立ち上がったその右手には、猫の死骸をぶら下げて、それ見てびっくりする件なんかあったりして、あれ、絶対本物の死骸使ってると思うんだけれども―
と書きました。この「絶対本物の死骸使ってると思うんだけれども」の真意がこのエッセイでわかったんですよ!(笑)
あの猫は、なんとあのシーンのために小道具部屋で飼われてた猫だったんです。なんとも切ない残酷な話じゃござんせんか、死骸用に飼われてたなんて、いくらリアル感を追及した映画だとしても今じゃ考えられんでしょう。でもってそれを知らされてなかった小沢の昭一さん、小道具部屋を通るたびに頭を撫でてかわいがってたそうです。そんなわけで、私の疑問といいますかなんといいますかは、きちんと立証されたわけですが、なんとも釈然としない、哀しい結末が待っておりました。って考えてみりゃ、そんな簡単に猫の死体が手に入るわけもなし、って、結構昔は、私の幼い頃には、どぶ川によく犬や猫、鼠の死体を見たような気がするんですが、ってそんなん拾ってきて使えないだろうし、ま、普通はよくできたぬいぐるみ、もしくは剥製を使うんじゃないでしょうか?昔は、そんなことってよくあったんでしょうかね。なんだかちょっとぞっとして、映画のために命を落とした動物たちに思いを巡らせたりしております。合掌。