SALT,SUN & TIME

ローザンヌ備忘録

Have a headとアーカイブ

昨晩は楽しくて、久しぶりにアルコールを大量摂取。なわけで午前中は、二日酔いでへろへろ、ほんとに弱くなりました、酒。でもって、いくらか持ち直した午後二時過ぎにBGMはそんなアタマにやんわりと優しいJUJUのジャズナンバーからハートウォームなボビチャへと移ってこれを書いとります。昨夜はどうもでした、また飲りましょう。カラオケにも行っちゃいましょう(笑)。
でもって、その昔、手書きのコピー誌を発行してまして。読者は友人5、6人。ずいぶん前に「くじらくん物語」なるコマ漫画を載せたけれど、あれは、そのコピー誌からの抜粋でした。なわけで、この頃なんかつまらない、でも書くこともないし、面倒なもんでまたまた手抜きで、そのコピー誌からの抜粋でブログのお茶を濁すことにしました(笑)。
不定期刊「カナヅチ」の物語号より、『ある思い出』です。それでははりきってどうぞ!

 青年は、若かった。そして余りにも純粋だった。いや、単純だったといいなおした方がいいのかもしれない。
 彼は、青春のある時期、そう、時が無限にあると錯覚していた頃よく映画を見て回っていた。映画を見なければ飲んでいた。飲みながら、見たばかりの映画を繰り返し頭の中で楽しんでいた。
 彼はその映画の主人公たち、ハンフリー・ボガードロバート・ミッチャムピーター・オトゥールダーク・ボガード、、、もちろん主人公のようになれるとは微塵も思っていなかったけれど、彼らのようになれたらなぁ、と憧れていた。せめてカッコやしぐさだけでもなんとかキメテやりたかった。それを実際にやり始めたのは、「ロング・グッドバイ」のエリオット・グールドを見てからだった。エリオットは、映画の中でどうにもやるせない男を演じていた。部屋の中は乱雑で、話し相手といえば、どこからかやってきて居ついてしまった猫一匹であった。その猫のために夜な夜な彼は、えさの缶詰を買いに行く。猫も猫で、自分の気に入ってる缶詰しか口にしないというふざけた野郎、いや猫であった。そんなところも彼は気に入っていた。そして、夜な夜な男を連れ込んでは、ご乱交の日々を送っている向かいに住んでるヒッピーのオネェちゃんたちからの誘惑にもエリオットは、「もう歳だからね」「また今度ね」と取り合わない。そんな態度、心底愛した女性だけが彼のすべてなんだという一途な態度、ごく自然な断り方にも彼は憧れた。
 まだある。友情を大切にする男なのだ。友人に向かって引き金を引かなくてはならない時のセリフが泣かせるのだ。「また一人友達を失くしちまった」と。
 彼はそんなエリオットのたばこを吸う仕草に目が止まった。フィルター近くまで短く吸ったタバコの火で、新しいタバコに火をつける。エリオットは、映画の中でそれを繰り返していた。あんなふうにタバコが吸いたい、と彼は思った。
 次の日から彼のたばこ量が増えたのは言うまでもない。町を歩いていても、アルバイトをしていても終わりそうになったタバコで火をつける。できるだけそうした。やってるだけで気分がよかった。周りからは「お前、そんなにタバコ吸ってちゃ、体によくないぞ」と言われたが、気にも留めなかった。が、ほんとは口の中がいがらっぽくて参っていた。
 ある日、いつものようにタバコを吸いながら通りを歩いていると、道路工事に出くわした。彼は子供のころから道路工事をじーっと見ているのが好きだった。よく現場のおっさんたちに、「あぶねぇぞ」「じゃまだよ」と怒られたもんだった。その時も彼はあの、ドドドドドドっという穴掘りの音にひきつけられるように、道路工事現場に近づいて行った。そして、何とはなしに穴掘り作業をじっと見ていた。
 汗だくになってドドドドドドっと穴掘り機械を動かしてるたおっさんたちの頬や頭、うでやひざがこきざみに震える。陽に焼けたこげ茶色の顔に汗が光る。目や口の中にまで汗が流れ込んでいるが拭おうともしない。シャツはぐしょぐしょで所どころ白く塩が吹いている。体臭がこちらにつーんと臭ってくるようだ。するとどこから作業服にヘルメットの現場監督風の男がやってきて、ドドドのおっさんに何やら耳打ちをする。ドドドの音が徐々に小さくなり、そして止んだ。きっと休憩時間になったんだろう。
 おっさんたちは、今崩していたコンクリの上に腰を下ろすと、胸のポケットからハイライトを取り出し口の端に挟むと、百円ライターで火をつけうまそうに吸い始めた。その慣れた仕草、汗をたらしたこげ茶色の顔がうまそうに煙草をくゆらすその姿が何ともキマッテいた。エリオットが舌を巻いて逃げ出してしまうほどだった。なぜだか背中にぞーっと鳥肌が立つ思いがした。
 それから彼は、目いっぱい仕事をして、休憩時間になるとおもむろにタバコを吸うようになった。もちろん、ハイライトに百円ライターで火をつけて。
おしまい。