SALT,SUN & TIME

ローザンヌ備忘録

ブラック・ホーク賛江

えいっ、という感じになんとか近場の空いてる席に身体をすべりこませた。
隣には文庫本を片手にゆっくりとカップを傾けてる長髪のお兄さんが座っていた。
袖がテーブルになっている椅子で、あまりの至近距離になおさら緊張感は高り、どっきんこ、どっきんこと音が聞こえるんじゃないだろうか思うほど心臓が高鳴った。
胸まであるロングヘアーの女の子がむすっとした表情でポストカードほどのメニューとお水を持ってきてくれた。
なんだか「あなたが来る様なところじゃないわよ」と笑われているようなそんな気持ちになったんだ。
「コ、コーヒーひとつ」
とあわてて注文をすると、何も言わずに立ち去っていった。恐ろしいほどの無愛想さだ。
生ぬるいお水を一口含むとやっと気持ちもいくらか落ち着いてあたりを見回せるぐらいにはなった。
昼だというのに薄暗い店内は、一心に音楽に耳を傾けてる人たちでいっぱいだった。
煙草のやにで真茶色に変色したディランが帽子をチョコット上げ挨拶をしてくれている。
かかっているレコードが気になりレコード室を見ると見たこともないジャケットが立て掛けてあった。その横にはAと描かれた札がこちらに向けられていた。
「あ、A面ってことか、、、」
ガラス張りの中では、長髪の兄ちゃんが、ぎっしりと詰まったレコード棚からレコードを選んでいる。その隣が厨房になるんだろう、飲み物の出し入れをする小窓があってそこにも人影があった。
ちょうどその小窓の上の壁面には「今月の新譜」と貼紙がしてあり、上下5枚づつレコードジャケットが飾られていた。
「お、こないだ買ったばかりのヴァン・モリソンがあるじゃんか」
とさっきより落ち着いてきたぼくは、それらの新譜のジャケや店の雰囲気をなんとなく楽しみ始めてきているようだった。
新譜のジャケの隣、4人がけのテーブルの上のほうの壁面にはスイセン盤と書かれて、そこにも2枚の見たこともないジャケが飾られていた。
いつのまにか置かれてた珈琲を口にもっていきながら、さらに店内を見回しながらかかってる音楽に耳を傾けてみると、
「お、これはMの好きなバンドのステーションつうやつじゃないの、、、、うん?でもうたってる人は違う、、、女の、、、それもおばさん?」
それが、カレン・ダルトンのうたう「イン・ナ・ステーション」であった、というのがわかるのは、もう少し経ってからのことだった。

それからちょくちょくと顔を出すようになって、最後にはアルバイトをするようになるんだ。そして、そこでたくさんの人と出会うことになるんだけど、それは、また今度。
モンドな私小説は、しばし休け〜い。